祖父の死父方の祖父の死が、おそらく私の最初に出会った身内な人の死であったとおもう。 とはいえ、今では顔も覚えていないくらいで、会ったことも数度しかなかったはずなので、身内ではあっても私にとって身近な人ではなかった。 私が父母に連れられて祖父の家に行ったときには、既に亡くなっていて、お通夜の場だったのだとおもう。 私自身小学校に上がる前のことで、多分4,5歳だったのでそれほど鮮明な記憶があるわけではない。 ただ、お葬式のあったお寺で、いとこのお兄ちゃんと追いかけっこをしていたら、叔母であろう人に足をつかまれてすっころんで、おまけに怒られたという記憶だけがやたらと印象に残っている。 なんで、僕だけ?みたいな理不尽な感情を覚えたのだろう。
後は、火葬場で骨を拾ったことをかすかに覚えているのみである。
コオロギの死今考えると、なぜこのときそんなに悲しかったのかよくわからない。 これも、まだ小学校に上がる前5歳のころのことだろう。 補助輪付きの自転車か三輪車であったかで、家の裏の道で遊んでいたら、コオロギを轢いてしまったのだった。 悲しくて悲しくて、涙がとまらなかった。布団に入ってもまだ泣いていた。 自責の念だったのだろうか?それとも、コオロギが大好きだったのだろうか? 今では苦手だが、そのころコオロギを好きだったのだとおもう。 その後、蟻やら蜘蛛やらトンボやら、虫なら何百匹も戯れに殺していると思うが、こんな気持ちになったことはなかった。
曾祖母の死身近な人の死といえるモノに出会ったのは、中学2年生の時だった。 私はそのころ母方の実家に住んでいた。 曾祖母は祖父の母親で、曾孫は私一人だったから、小さい頃から可愛がってもらっていた。 曾祖母が寝付いてから亡くなるまで、半年ほどの間だったと思う。 ガンだったのだと聞いた。足は水がたまってパンパンにふくれていた。生きながら腐っていくような異臭がしていた。 寂しかったのだろう、そばを通ると名前を呼ぶ声が聞こえた。 私は、怖かった。いつも、聞こえないふりをして通り過ぎた。 そして、祖母は亡くなった。 死に顔に触れることはできなかった。閉じない目が怖かった。 これは、私の罪の記憶である。
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